昭和40年~60年代の高齢者保健福祉

kjk

今回は昭和40年から60年代の高齢者保健福祉について説明させていただきたいと思います。時代の流れによって制度は変わり発展していきます。その流れを理解していただけたらと思います。

 

高齢者保健福祉施策の転換期

昭和40年代の日本は高度経済成長によって、生活水準が向上していきました。平均寿命も伸長し、高齢者人口も増加していった。また、都市労働者が急増し、核家族が増加することで世帯構造が変化しました(平均世帯人数1955(昭和30)年:4.68人→1975(昭和50)年:3.35人)。1970(昭和45)年には老年人口比率が7%を突破し、高齢化社会に突入しました。そのような社会情勢下で、1973(昭和48)年には、老人医療費支給制度によって高齢者の医療費負担を無料にする制度が始まり、この年は福祉元年と呼ばれました。しかし、オイルショックによる不況が始まったのもこの年であり、高齢者の医療・福祉の必要性を認識しながらも、一方でそれを支える財政的問題にも目を向ける契機となった時期でした。

一方で、高齢者介護の必要性が高まっていた時期でもあります。1979(昭和54)年に、全国の特別養護老人ホームの定員が養護老人ホームの定員を上回るとともに、昭和40~50年代にさまざまな在宅サービスが創設されました。市町村を実施主体とした国の補助事業として、日常生活用具給付(1969(昭和44)年)、ショートステイ(1978(昭和53)年)、デイサービス(1979(昭和54)年)と、現在も介護保険制度のサービスに引き継がれているさまざまな在宅介護サービスが創設されました。また、1982(昭和57)年には老人家庭奉仕員派遣の対象となる世帯の所得要件が撤廃されました(ただし所得等による応能負担が導入された)。

医療の面では、長年にわたり議論されてきた結果、1982(昭和57)年に老人保健法が制定されました。それにより、原則70歳以上の医療については、老人保健制度によって運営されることとなり、1月あたりの定額ではあるものの高齢者の自己負担が導入されました。費用の負担としては公費とともに各医療保険者からの拠出金によって支える仕組みが導入されました。また40歳以上を対象とした健康診査、健康指導、機能訓練などの老人保健事業による疾病の予防策も実施されました。なお、老人保健法においては、1986(昭和61)年の改正において老人保健施設が創設され、モデル事業を経て1988(昭和63)年から本格実施されました。

昭和60年代に入ると、いよいよ人口の高齢化に対応するために国をあげて高齢者の医療や介護の問題に取り組む姿勢が明確にされました。1985(昭和60)年には、内閣に長寿社会対策関係閣僚会議が、厚生省に高齢者対策企画推進本部が設置されました。翌年4月には高齢者対策企画推進本部報告が示され、当時を長寿社会の過渡期と位置づけ、高齢者対策の基本原則として、①自立自助と支援システムの構築(保護・収容から自立支援への転換)、②社会の活力の維持、③地域における施策の体系化と家族への支援システムの強化(在宅福祉への転換と市町村中心の体制)、④公平と公正の確保、⑤民間活力の導入(介護ニーズの増大に対応するための提供者の拡大)の5点が示されました。引き続き、6月には長寿社会政策大網が閣議決定され、基本方針として、以下の3点が示され「雇用・所得保障システム」「健康・福祉システム」「学習・社会参加システム」「在宅・生活環境システム」にかかる長寿社会対策を総合的に推進することが示されました。

①経済社会の活性化を図り、活力ある長寿社会を築く。

②社会連帯の精神に立脚した地域社会の形成を図り、包容力ある長寿社会を築く。

③生涯を通じ健やかな充実した生活を過ごせるよう、豊かな長寿社会を築く。


このように時代の変化と共に、その時代に合った高齢者の為の政策がとられているのがわかると思います。現在もさまざまな思考を凝らして、今の時代に合った政策が取られています。

 

 

現在、介護で悩まれている方は沢山いらっしゃるかと思います。そこで私たちはその悩みを少しでも解消させていただきたいと思います。悩む前に是非気軽に相談ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です